生活費として毎月150万円

私は28歳で現在は大阪難波で主婦をしています。旦那は大阪、兵庫、京都で貴金属買取店を25店舗経営するオーナー社長です。といってもまだ32歳と若いです。

彼は毎月150万円を生活費として私に渡してくれますがとても使い切れなくて(マンションも彼所有のマンションだし)、子供1人(3歳の娘)と私ではとても使い切れるものではありません。

主人は毎日帰ってきますが、お酒もやらずお金をそもそも使う人ではありません。まあ、ありがたいことではありますが。。

なのでこっそり実家の母に仕送りしています。まあ、主人に見つかったとしても彼の性格上、褒めてくれることはあっても怒ることは決してありえないのですが。。。

こんな一般常識から言えばかなり恵まれた私ですが、実は5歳の頃から小学校を卒業するまで、貧乏生活をおくっていました。それまでは平均的な家庭より少し良いくらいの暮らしをしていたのですが、父の会社が倒産したことをきっかけに、極貧生活をすることになったのです。

まず、住んでいた一軒家と土地を売り、古い賃貸物件に引っ越しました。私達の家族は父(39歳)、母(40歳)、兄(7歳)、私(5歳)の4人家族でしたが、新しく借りた物件は1LDKでとても狭かったです。

母はしっかりしたタイプなので、買い物や高熱水費の節約を上手にやる方法を研究し、家族全員で協力し合って、節約に勤めました。トイレのタンクには水の入ったペットボトルを沈め、トイレを流すのは1日2回までと決め、それ以上になる場合は近所の公園の公衆トイレやなるべく外出先でトイレを済ませるようにしました。

また、お風呂に入るのも2日に1回くらいにしていました。お風呂に入らない日は、濡れたタオルで体を拭いて汚れをとるようにしていましたが、夏場等汗を沢山かいた日や、体臭が気になる時だけは特別に汗拭きシートを使っても良いことになっていました。

私達兄妹は育ち盛りで、衣類はすぐに小さくなってしまう時期だったのですが、なるべく新しい服は買わずに過ごしていました。そのため、兄は小さくなった服をいつまでも着たり、私は兄のお下がりを着ていました(小学校では、私が男子っぽい服ばかり着ていたので、からかわれることもありました)。

それでも貧乏なことが学校の友達に知られないように、母は気を遣って、服に丁寧にアイロンをかけたり汚れを綺麗に取ってくれ、みすぼらしさが感じられないようにしてくれていました(;_;)小学校高学年になると、兄のお下がりを着ているのは流石に辛かったので母に言うと、母は自分の服の袖を短く作り直して私に着せてくれました。

その後、私が小学6年生の頃、父が就職して極貧生活から脱出することが出来ましたが、あの生活があったからこそ、物を大切にしたりお金を無駄遣いしないことの大切さが子どもながらによく分かったのだと思います(^^)

そんな私ですのでぽんと生活費として150万円を渡されても使い切れないのです。